性差少ない学生服 トランスジェンダーに配慮 令和時代に制服必要?

性差少ない学生服開発進む、岡山 トランスジェンダーの生徒に配慮

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学生服製造の全国シェア約7割を占める岡山県で、男女の性差を感じさせない制服の開発が進んでいる。心と体の性が異なるトランス…

学生服製造の全国シェア約7割を占める岡山県で、男女の性差を感じさせない制服の開発が進んでいる。心と体の性が異なるトランスジェンダーの生徒にも違和感なく着用してもらおうとの配慮からだ。

2016年の展示会からは、男女で左右異なる「前合わせ」をなくしたファスナー式のブレザーを提案している。

とのことだ。

 

トランスジェンダーとは何か?

最近急激に、認知された言葉であり、正確に理解しているのか不安なので、調べてみた。 LGBTとは何が違うのか?

ウィキペディアから引用しよう。

トランスジェンダーは、ある人の「割り当てられた性」 (身体的特徴ないし遺伝子上の性に基づく男性か女性かの他人による識別) とは違う「性同一性」 (女か男か、あるいはそのどちらでもないか) の状態にある。

厳密な定義は今も議論があるのであろうが、それは置いておこう。ざっくり考えれば、生物学的には男性/女性で生まれてきたのだけど、しっくりいかない人と考えればよいのであろうか。

生物のDNA的には、男性か女性のどちらかなのだろうけど、その上に仮想的、精神的な性別があって、それがDNA性別とは一致していないということかもしれない。

「性同一性障害」との違いは認識しておいた方が良いだろう。

「性同一性障害」は精神疾患としての言葉なのだ。医療用語と行ってもよい。必ずしも、自分の状態は病気・疾患ではなく、治療の必要があるものではないという意識から、トランスジェンダーという言葉が生まれた背景もあるようだ。理解はできる。それは病気ではない、という主張もわかる。

 

 

LGBTとは何が違うの?

LGBTのTはトランスジェンダーだ。

LGBTというのは、あくまでも「性的志向」のマイノリティ(少数派または新たな形?)なのだ。

女性が女性を好きとか、ゲイとかの同性愛、両方的なバイセクシュアルだ。

誰を好きになるかの話と、トランスジェンダーとはちょっと括りが違う気がするが、まあ、これまでの平成の人からすれば、性的志向・性別でなんか新しい考え・・・ということで一括りにしたいのはわからいないでもない。

 

制服とトランスジェンダー

性的志向と、制服は関係ない。あっちの方の性的志向はまた別にして。

気持ち、精神は女性なのに、DNA性別は男。だから、男の学生服を着たくない。という主張はわかる。

そうなる、そう考えるから、トランスジェンダーなのであるから。

 

だったら、女の制服を着ればよいのにと思うのは間違いなのか。

ばれちゃうから、それはそれで嫌なのか・・・・複雑である。

 

これがその新しい制服ということだが、これって、男子制服にかなり寄ってますね。前合わせをなくしたというが、そんなのそれこそ最近では気にしない。

これって、結局、心は女性なのに、男子制服着るという不快さはないのだろうか。他の女子もこれを着ているから、それは問題ないんだぁ・・・なんだかなぁ。

まあ、すでに女性もパンツは履くし、ほとんどのDNA男はスカート履かないし。履いても、外にはなかなか出ないし。

こういう形しかないということかな・・・

 

制服の問題じゃないんじゃないのか?

 

より切実な問題はトイレ問題ではないか?女性だと思っているのに、男子トイレに入るのはつらいだろう。これはゲイの女性方もそのようだ。

妻の弟がゲイというか、いわゆるおかまなのだが(フィリピン人)、日本に遊びに来た時、女性トイレに入らせるかどうか困った(外見はぎり男だ)。女性トイレに入りたいのだが、入らせると、騒ぎになりそうだ。外人でましてやオカマだ。日本しか知らない高齢の女性には、瞬時に判断するにはハードルが高すぎるだろう。

トイレは、どんどんと性別指定のない箱に変わっていくのだろう。時間はかかるであろうが。その方が合理的でもある。ただし、女性には(DNA,精神的 ともに)評判わるいだろう。男は、便器を汚すからだ。とはいえ、新幹線ではすでに共用だし、これからは男(DNA,精神的ともに)もすわって用を足すことにすればよい。新幹線方式の立ち便器装備はダメだ。あれは、精神的男(DNA女性)には使えない。

このニュースは、制服で商売をしている人々からの発信なので、こういう解しかないのだろうが、本質的には、令和の時代に、なんで制服が必要なの?もしくは、制服を強制するのかだ。

制服をまったく使わない学校も増えているだろう。娘の中学校も、ほとんどジャージ通学だ。制服使うのは公式行事とかぐらい。高い制服買わせるな!と文句も言いたくなる。

でも、それでいいのだ。制服には制服の意味や意義、良さがあるのはわかるが、とにかく令和の時代になったのだ。今までのことをそのまま引きずっても仕方がない。

制服をどうしても持ちたければ、持てばよい。その制服で通学してもよいし、好きな私服でも良いではないか?私服のレベルを定義するぐらいは風紀管理的はいいだろう(マイクロミニはダメとか。個人的にはOKだが)。

できれば、制服そのものを無くしてもらえばよいだろう。たいした影響は出ないことは明らかだ。

困るのは制服業界ではある。しかし、残念ながら、それが令和の時代に起こることだ。実は昭和にも、平成にも起きてきた。必要のない物はなくなり、それを売って儲けることはできなくなるのだ。他の手段を探すしかない。

制服問題はこれで解決である。

企業もそうだ。多くの企業は、LGBTを理由に差別をすることがないように教育されてきたし(大企業中心だが)、制度も完備されてきた。

スーツにネクタイで通勤しなくても(LGBTだと説明すれば)、それで差別を受けることがあってはならない。表面的には。

 

制服の問題は別にある

トランスジェンダーや、性差別の問題、社会インフラの問題など、令和の時代に解決すべき課題は多いが、制服問題はその中では大きなものではないだろう。

なぜ、このブログ、「こkが変だよ!令和の出来事」でこの問題を取り上げたかと言えば、LGBTの話ではなく、制服という存在そのものが課題と感じるからだ。

制服、特に、中学生、高校生の制服というのは、なぜこれまでに続いている、はびこっているのであろうか?

そもそも小学生や大学生は、基本私服だ。それがマジョリティである。

一方でなぜ中学生・高校生がここまで制服にこだわるのか。

経済的格差の問題などもあったのであろうが、最近では高校までが無償化される時代である。当事者に言わせれば、毎日考えなくて良いし、私服でオシャレが不要だから、楽で良い・・・などいう意見を良く聞く。

これが問題なのだ。

制服は、周囲の人と同じでよい。それが一番なんだ。人と違うことをすると目立ってしまう。それは良くないことなんだという、観念を育てるリスクがある。これが令和の時代にそぐわないのだ。早急にやめなければいけないと感じる。

中学、高校の頃から、個性を大事にすること、自分の個性を守り、他人の個性を尊重することを、制服という画一的な鎖を脱ぎ捨てて、教えていかなければいけない。

猫も杓子もルーズソックス(1993年 平成前半である)状態を二度と起こしてはいけないのだ。

他の子がやっているから真似してやる・・・それも良いが、そう思わない人も多くいないと困るのだ。流行りだすと一気に全員で真似をして、一瞬で流行が終わると一気に見向きもされない。それではダメなのだ。自分で決めていないからだ。

いずれにしても、令和の時代は、個の主張、個の尊重の時代でありたい。

人のことを気にするのではなく、自分がどうありたいかを主張する。他人がどうありたいかは、尊重して気にしない。そういう考え方、生き方、社会観念になっていくべきだと考える。

そうすれば、そもそもLGBTでの差別などは起こりえない。誰が誰をどう好きになろうと、それは自分の生きる道にとって、たいしたことではないからだ。もし、LGBTの人に好きになられたら、それは差別ではなく、自分の嗜好と思考で決めればよいだけだ。答えがNGでも、それは差別でもなんでもない。

性的嗜好と思考・・・・うまいこと言ってまとめたものだ!

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