令和の出来事 大人の学校(教育)って必要では? 公的年金 賦課方式って知ってる?

 

2019年5月も末に、金融庁が年金の限界を認め「自助」を呼びかけたことに対して、詐欺だ、払った分を返せなど、大炎上になったことは記憶に新しい。

 

しかし、その内容は、ある意味では、なにも新たな事実ではなく、随分前から明確な事であった。誰がなんと言おうと、そうなるに決まってるじゃんというぐらい明確なことであった。経済や社会保障の仕組みは、人口が減ったら現状よりレベルダウンするのは当然なのだから。

 

しかし、はっきりと、公にこう言われてしまうと、文句も言いたくなる。

 

とは言え、このような炎上も恐らくは一時であり、また世の中は、この問題を何も解決や改善せずに、次の話題に目を移して行くのであろう。何十年もずっとそうしてきたように。

公的年金制度をはじめ、毎月の給料や収入から保険料を支払っている社会制度は多い。健康保険もそうだろう。雇用保険もある。所得税・住民税も天引きされている。

しかし、我々、若い時代に、どうしてそれだけのお金を毎月払わなければいけないのか、そのお金がどう使われているのか、自分にとってどういうメリットになっているのか、そういう基本的な事を理解していた人がどれだけいるのだろうか。

 

少なくとも、自分は20歳の時にそんなことは一切興味もなかったし、知らなかった。もっと言えば、就職して、自分の給料からいろいろなお金が天引きされても、どうして、何のために、いくら取られたのか、知ろうともしなかった。そういうものだ・・・としか考えなかった。

金融投資についても同じだ。株ってなんだ・・・そんなレベルだった。

 

本当にこれで良いのだろうか?

学校では受験に必要な情報しか教えてくれない。中学や高校の受験の時期に、試験にでない話を教えてもらっても、興味は持てないし、役立つとも思えないだろう。

このような話は、大人になる時に、もう一度ちゃんと教育(勉強)することが必要なのではないだろうか。

 

今回はこの「大人の学校」について書いてみたい。

 

公的年金として、今毎月支払っている保険料は、何に使われているか? 賦課方式とは何か?

 

例えば、こういう話だ。

公的年金には、国民年金と厚生年金があって・・・的な基本の話はちょっと置いておくとして。

いや本当は、それすらも理解していない20歳の若者は多いのではないだろうか。興味を持てという方が無理か。しかし、教育をするかどうかは別の話だ。興味を持ってくれないから、教えないでいい事にはならない。

20歳になったら、国民年金を払わなくてはいけない。国民の義務だ。それを知らずに保険料を払わず、将来満額の年金を貰えない人も少なくないのではないか?自分もそうだ・・・

 

前述の金融庁の話に対する批判の中で、将来年金を払ってもらえないなら、今まで払った保険料を全部返せ!という批判が多く見られた。

 

心情的には本当にその通りである。理屈じゃない、責任問題だ!とも思う。

しかし、その批判のベースには、やはり最低限の基本的な知識があるべきだと思う。大人が真面目に言ったことに大人が批判するのだから。

そもそも、日本の公的年金は、積立方式ではなく、賦課方式なのだ。

今、毎月収めている保険料は、将来自分がもらう年金を積み立て貯金しているわけではないのである。

もちろんそういうやり方もある。その是非を見る前に、対する「賦課方式」とは何かを理解していこう。

 

公的年金の賦課方式とは?

 

こちらの厚生労働省のサイトを読み解いてみよう。

 

漫画で分かりやすく書いているようだが、漫画の中にこれだけ細かい文字で情報が書かれているのだったら、むしろ普通に文章で書いてくれた方が読みやすい(笑)

「賦課方式」とは、

「現役世代が収めた保険料は、その時の年金受給者への支払いに使われる」

という仕組みの事なのだ。

「積立方式」とは、

「現役時代に貯めておいた保険料を、自分が将来受給者になった時に受け取る」

という仕組みだ。個人の貯蓄型生命保険やiDeCoなどと同じ方式である。

それぞれ、メリットデメリットあるのだが、

「積立方式」のデメリット、要は、日本の年金が賦課方式をとっている理由になるのは、

積立てたお金の価値や量が、将来自分が受給するときに、目減りしてしまうリスクがあるということだ。例えば、ものすごいインフレになってしまい、現役時代に1000万円積立てたのに、数十年後の老後には、1000万円は大衆車1台しか買えない価値(インフレにより)になってしまうかもしれない。積み立てた1000万円を年金として貰えても、生活できない・・・

また、経済状態が極端に悪くなり、運用に失敗し、1000万円積立てたのに、受給する段になって800万円しか原資がなくなってしまうことが起きるかもしれない。それはそれで困るであろう。運用に失敗した責任というのはどこかにあるべきだが。

仮にそうなったとして、仕方ないで済ませたら、本当にその世代の人はどうするのだろうか?まじで暮らしていけないではないか、「積立方式」の年金制度では。

 

 

「賦課方式」は、前述のとおり、今の現役の人が、今の老人の年金を払っている。

だから、今払う100万円は、もらう人にとっても100万円だ。払う時と貰う時が同じだからだ。

 

【上図 賦課方式の仕組み。現役が年寄りを支える社会保障の概念が強い制度だ】

 

これまで通り、日本の人口が増えて、給料があがり、発展していけば、現役世代の人口と生産力(給与)で、老人の年金は賄えた。そういう発展状態または定常状態であれば、この「賦課方式」は問題がなかったはずなのだ。

しかし・・・・

 

あっという間に人口減少になった。少子化により、現役世代の人数が老人数よりはるかに少なくなった。

65歳以上の人が全人口に占める割合は27.7%だ。 昭和35年ではわずかに5.7%。平成2年ですら12.1%だこの平成の30年に、恐ろしいスピードで若者の比率が減ってしまったのである。

この賦課方式は、現役世代の保険料で、今の老人の年金を支払うので、その現役世代が少なくなれば、今払う年金の原資が少なくなり、多くの老人の年金を賄えないという大きな影響を受ける。積立方式よりも、この点においては、少子化の影響はより大きくなる。現役世代が、老人世代を支えるという社会保障の意味合いがより強いからだ。

 

将来年金で暮らせないなら今払っている年金を返せは正しいのか?

上記の賦課方式の考え方を前提にすれば、正しくない。

今払っている年金は、将来もらえる年金の原資ではなく、今の老人たちに与える原資だからだ。

将来年金が減ってしまうのは、自分たちが老人になった時の現役世代の人数が減ってしまうので、かれらに負担しくれなくなるからだ。要は少子化の問題なのだ。

少子化の要因がどこにあるのかは、触れないことにしよう。ナーバスな話だ。

では、もともと賦課方式であることが間違っていたのだろうか?

前述のように、人口がこれほどまでに減らなければ、少子化が進まなければ、仕組みとしてはメリットがあったことは前述の説明から理解できることだ。

人口が減ってしまう将来が事実となった今、賦課方式にしたのが間違いだったと非難するのは、あまりにも無責任ということではないだろうか。

これからもっと人口が減ってしまって、今の現役世代が老人になった時の現役世代の人口ではもう年金を今のレベルでは払いきれない。明確な話だ。だから、その減ってしまう分は自分たちで積立しておくしかない。「賦課方式」と「積立方式」のハイブリッドで、その事態に備えるしかない。そう金融庁は言っている。

これからは、そういう時代にならざるをえないだろう。

どうしても文句を言うのであれば、

「どうしてこんなに少子化を放置しまくったのか」ではないだろうか。しかし、それは政治や社会の責任だけではない。戦時中だって、貧しい国だって、人口が増えている国はいくらでもある。なんらかの理由により、日本人は子供を作らないという道を自ら選択したのだ。

 

これからの大人に必要な基礎知識

もし、もっとこういう問題をマスコミが真剣に取り上げていたり、我々一人一人が真剣に考えていたら、ここまで類を見ない少子化は防げたかもしれない。

マスコミの責任だけではない。

教育もそうだ。高校時代までは受験に必要な内容だけを学ぶ。大学に入れば、専門的なことを学ぶか、もしくは、もう学ばなくなる。そのまま会社に勤めたら目の前の仕事を覚えるのに精いっぱいだ。

いつ、年金制度や少子化などの国の課題や将来を考える時間がとれようか。

これからは、公的年金だけに頼るのではなく、自分で蓄え、運用し、資産を増やすことを若い時から始めないといけない。40歳から急に貯金して運用とか言っても難しい。短期で資産を増やすのはリスクが伴うのだ。

しかし、資産を少しづつ増やすことの重要性や、どのような方法があるかなどを知る機会は少ない。そういう方法はいくらでも調べられるが、調べようと思って調べる人はそもそも問題ないのだ。調べようとも思わない、調べる必要性に気付かな大勢の人に、1度でもその必要性を知らせる機会をつくるべきだ。

受験勉強的、アカデミック的な知識ではなく、生きて行くための最低限の知識を学ぶ場所、それが大人の学校なのだ。

大人の学校とは

日本という国で大人になって生きて行く時に、最低限必要な国の制度、国の抱えている問題、生きて行くための知恵・知識(投資するということ)、大人としてのモラルを学び、自国について、自分のこれからの人生について考える時間を大人になる時にちょっとだけ持つというのはどうだろうか。

 

20歳になると、成人式がある。成人式でお酒を飲んで友人と祝うのも結構であるが、そういう事を自治体がやるより、自治体はこういう大人の学校を提供するべきではないだろうか。18歳から20歳の間に、1度、1日か2日ぐらいの大人の学校に入ることを基本的には必須としたらどうか。

令和の時代の日本は、もっと教育というものの重要性を考えて行く必要があるのではないかと思う。難しい知識を学ぶということではなく、幼稚性から抜け出して、独立して一人でも生きていける大人になるための、スキルと知識の教育である。

従来の受験勉強という意味での教育ではなく、日本国内の保護主義的な時代から完全なる国際競争の時代に移り、その中で生き残っていくために必要な知識とスキルの教育である。

洗脳教育ではないが、子供の頃から教えておかなければいけない事がたくさんあると思うのだが。

みなさんは、どうお考えだろうか。

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